利賀演出家コンクール2006 優秀演出家賞受賞作品


演出ノート「犬神」


今回の『犬神』を通して見せたいものは、日本の"闇と光"である。

"鬼と神"といった言い方もできるかもしれない。これらは、常に相対的に存在する。

"光"のある所に"闇"は生まれ、"神"あれば"鬼"もある。どちらか一つだけでは存在し得ない。

また、『犬神』は、日本の"闇"の部分の話でもある。歴史は"光"を奉るために、常に"闇"を必要とした。

また、"光"が零落の後に"闇"になることもあった。"闇"を必要とした"光"の支配は、

様々な形態をとりながら現在でも、この日本国に脈々と息づいている。「ムラ」は消えたが、

「ムラ」の"闇"は、まるで亡霊のように情報化社会の中にも蘇える。

警笛を鳴らすものは今やもういない。これが新たな"闇"の支配に繋がることは誰も知らない。


今回の公演では、語りの役者一人が劇の中心を構成する。

それ以外はすべて代替可能なドゥーブル(Double)として存在する。

彼らは、この虚構に取り込まれた生贄であり、苟且の世界で現実の血を流す。

それ故に彼らは手垢に染まった演じ手であるより、あらゆる意味で「まっさら」で

あることが望ましい。「まっさら」である彼らを作品創造の場で変容させていく。

すべてが未知であり、すべてが発見であるからこそ、はじめて立ち現れる「危機に向かう身体」。


さらには、日本人の身体の素形(アルケー:arche)を探る実験を、この作品を通じて行いたい。

古来日本人の身体にあったであろう"かたち"は、この数十年の間に急速に消滅していった。

しかし、素形は様々な事物に窺い知れる。例えば風習に。例えば神仏に。例えば祭礼に。

それら素形を「まっさら」な身体に鋳態し、『犬神』の"かたち"を求める。

『犬神』の劇は、神の交代であり、失われた日本の幻影を屹立させることにある。

歴史的にわれわれの目の前から消えたものの中にこそ、現代に生きる人たちの心の奥底に届く

劇があるのではないか。それを発見することが、この劇の実験であり、そのことが

現代演劇の可能性を探ることになるのだ。


■スタッフ


演出・美術:長野和文

照明:北澤真人

音響:遠藤憲


■キャスト


井上美千代

いづみスミオ

渡辺健太郎

鬼頭理沙

青木五百厘

梅澤良太

深井邦彦

谷部光明


PROFILE