上村松園の作品に「花がたみ」というものがある。
能楽の「花筐」から想を得た狂女画である。松園は
この絵を描くために、京都の北の山奥岩倉村にある
精神病院を訪れ、実際に狂った人たちを見て参考に
したそうだ。その絵には、乱れた着物の女が片手に
花籠をもって、薄っすらと笑みを浮かべている姿が
描かれている。だが、その顔の表情が何とも乏しい。
まるで能面みたいだ。そう思っていたが、松園は病
院で出会った患者を描かず、能面の十寸神を見て、
それを絵に写したらしい。紅葉の散るなかで、花籠
をもって不安定な姿勢で佇む姿は、何とも言えない
明るい狂気を孕んでいる。
松園の絵には、六条御息所を題材としたものもある。
これは桃山時代のいでたちの女が自らの黒髪を咥え
て振り返る、まことに不気味な絵だ。顔は青白く、
目は半眼で怪しく光っている。さらに藤の描かれた
着物には蜘蛛の巣まで広がっている。松園が40代
のとき、若い男との恋愛に破れ、しばらく絵が描け
なかったときの作品らしい。嫉妬に狂った女の姿を
ここまで如実に表した絵を私は他に知らない。
今回の芝居の稽古場には、この2枚の絵の複写が壁
に貼ってある。いつの間にか役者が貼ったものだが
この劇の礎になるかもしれないと思い、そのままに
してある。白日夢のような狂気と、闇にひかる青い
焔のような狂気、この二種類の狂気が、今日も稽古
場の片隅から役者たちを見守っている。
長野和文
■スタッフ
演出/美術・・・・・長野 和文
照 明・・・・・・安達 直美
音 響・・・・・・高沼 薫
舞台協力・・・・・・田中 新一(東京メザマシ団)
制作協力・・・・・・潮田 塁
宣伝美術(写真)・・原久路「バルテュス絵画の考察」より
記録写真・・・・・・鏡田 伸幸
記録映像・・・・・・井野口 功一
企画制作・・・・・・池の下
■キャスト
「班女」
花子 稲川 実加
実子 こもだまり
吉雄 平澤 瑤
「葵上」
六条康子 稲川 実加
若林光 平澤 瑤
葵 芹澤あい
看護婦 こもだまり
■協力
昭和精吾事務所
高津装飾美術株式会社 中村エリト
ロングランプランニング株式会社
二都物語