最近こんな夢を見た。それは、一人の少女と手をつないで坂道を登っている
夢である。少女の手はつめたくひんやりしている。わたしは少女のほうを
見たいのだが、なぜか見てしまうことに抵抗を感じていて、果ての見えない坂の
上のほうを見ながら、ひたすら歩いている。
ふいに少女が、わたしの名前を呼ぶ。その声が妙に哀しい響きをもっていて、
わたしは耐えきれず、少女のほうを向いてしまう。するとそこには、焼け爛れた
人形が、両手をひろげて立っている。わたしは驚き、坂道を全速力で登っていく。
後ろのほうでは、わたしの名前を呼ぶ少女の声がかすかに聞こえている。
ふりかえることは出来ない。ふりかえるとそこに何があるのか、
分かっているからだ。そこにあるのは、わたしが小学生のときに見た一枚の写真。
アメリカ兵に服を焼かれて、全裸で逃げるベトナム少女の写真である。はじめて
その写真を見たとき、立っていられないほどの衝撃を受けた。何度も夢で見た。
それから何十年もたった今、なぜその写真のことを夢のなかで思い出したのか
分からないが、あのときのベトナム少女は確実にわたしのなかで生き続けていたのだ。
寺山修司の台詞で「歴史なんかきらいだ。思い出が好きだ」というのがある。
この言葉のわたしなりの解釈は、「個人の運命が歴史によって決められてしまう
くらいなら、個人の思いによって歴史を作り変えてしまえ」ということだと思って
いる。歴史は、いつも個人の運命を残酷に左右する。寺山自身にも、おさないときに
戦争で父親を失い、働かなければならなかった母親とは、離れ離れに暮らさなければ
ならなかった歴史の犠牲者としての自分史があった。
先日、イラクのバクダットで活動している劇団の芝居を見た。天井に穴があいていて、
雨漏りを気にする家族たちが描かれていた。天井になぜ穴があいたのか、彼らが常に
上のほうを気にしているのは、単に雨漏りを気にしてだけのことなのか、考えさせられる
芝居だった。ある場面で、ひとりの美しい少女が人形のような動きで、ゆっくりと中空を
見上げ、それから突然悲鳴をあげるシーンがあった。そのとき思った。今まさにこの瞬間
にも、新たなベトナム少女はつくられている。歴史はくりかえす。それなら個人の思いで
歴史を変えてやれ。書きかえられない過去なんかないんだ。
「実際に起こらなかったことも歴史の裡である」
■スタッフ
演 出・・・・・・・・長野 和文
美 術・・・・・・・・朝倉 摂
照 明・・・・・・・・小沢 淳
音 響・・・・・・・・福沢 秀明
衣裳/美粧・・・・・・・美坂 公子
舞台監督・・・・・・・・小林 潤史
舞台監督助手・・・・・・新井 潤一
美術助手・・・・・・・・小池 れい
企画制作・・・・・・・・池の下
■キャスト
謎の女将校・・・・・・・・・・・・・・井上 美千代
中国の不思議な役人・・・・・・・・・・梅澤 良太
少女花姚・・・・・・・・・・・・・・・青木 五百厘
花姚の兄、麦・・・・・・・・・・・・・渡辺 健太郎
娼婦宿の西瓜男・・・・・・・・・・・・いづみ スミオ
翠啊・・・・・・・・・・・・・・・・・鬼頭 理沙
仏蘭西人形/支那人形・・・・・・・・・張替 真射子
毒薊/お面売り・・・・・・・・・・・・二面 由希
青い鋏の切りぬき女・・・・・・・・・・川上 吏永
人間犬、実は不器男・・・・・・・・・・谷部 光明
怪力・・・・・・・・・・・・・・・・・山内 昭宏
両替商人/上海鍼灸医・・・・・・・・・石橋 正生
鏡売り1・・・・・・・・・・・・・・・深井 邦彦
鏡売り2・・・・・・・・・・・・・・・小澤 史弥
娼婦魔耶/令夫人・・・・・・・・・・・羽太 結子
風見鶏の怪力/商館の主人・・・・・・・西島 悠幾
赤い鳥・・・・・・・・・・・・・・・・加藤 恵
風玲/梨貞・・・・・・・・・・・・・・永友 紗希恵
赤糸で眼を縫い閉じられた娼婦紫紋・・・三上 歩
娼婦買いの傴僂男・・・・・・・・・・・浮谷 泰史
◆協 力
C-COM 高津映画装飾株式会社 東宝コスチューム 東京衣裳
◆助 成
芸術文化振興基金助成事業